OpenScience(synthetic-sciences/openscience) は、科学研究のためのオープンソースAIワークベンチです。コマンドを1つ叩くと自分のマシン上にブラウザのワークスペースが立ち上がり、研究ゴールを自然文で渡すと、エージェントが文献レビュー・仮説・コード・実験・データ分析・執筆までを1つのセッションで回します。ライセンスは Apache-2.0、実装は主に TypeScript、GitHub のスターは 約2,300(本稿執筆の 2026年7月13日 JST 時点)です。
AI研究ツールは今や無数にありますが、その多くは「論文を探して、読んで、要約する」ところで止まります。OpenScience はそこから一歩踏み込み、実際にコードを書いて、実コンピュート上で実験を回し、結果を書き上げるところまでを、OSS としてローカルで提供します。しかも特定のモデルに縛られず、Anthropic・OpenAI・Google など 75以上のプロバイダに自分の API キーで接続できます。
本稿は公式リポジトリ(README/ARCHITECTURE.md/docs)をもとに、① OpenScience は結局何ができるのか、② 何を解決するのか、③ 何を代替できるのかを、仕組みから使い方、Elicit / Consensus / SciSpace との違いまで噛み砕いて解説します。
AIエージェントの全体像から整理したい方は、まず AIエージェントフレームワーク比較2026|LangGraph・CrewAI・Dify等9種をStar数・実コードで検証 もあわせてどうぞ。本稿はその「科学研究」という応用領域を、OpenScience を題材に掘り下げます。
- ・OpenScienceは、文献レビュー〜仮説〜コード〜実験〜執筆の研究ループ全体を1画面で回すローカル完結のOSS(Apache-2.0)。
- ・research/biology/physics/mlの4エージェント、290+スキル、30+の科学データベース、75+プロバイダをBYOキーで束ねる。
- ・Elicit・Consensus・SciSpaceが「探す・読む・要約する」で止まるのに対し、OpenScienceは「コードを書いて実験まで実行する」。ここが最大の差別化。
- ・導入は
npm i -g @synsci/openscienceかnpx synsci。鍵を渡して「〜を再現して」と結果を頼むだけ。
1. OpenScienceとは?AI科学研究のワークベンチで何ができるか
まず OpenScience の全体像を数字で押さえます。ポイントは「論文を探して終わり」ではなく、研究の入り口(文献)から出口(執筆)までを、ひとつのローカルなワークベンチでカバーする点です。
OpenScience が提供するのは、ざっくり言えば 「研究する同僚」を自分のマシンに常駐させる体験です。研究ゴールを渡すと、エージェントは人間の共同研究者がやるように、関連文献を読み、仮説を立て、コードを書いて動かし、実コンピュートで実験を回し、主要な科学データベースを照会し、結果を書き上げます。
重要なのは、これが「チャットで論文を要約するツール」ではなく、「コードと実験まで実行する作業環境」だという点です。ブラウザのワークスペースには、ファイルツリー・エディタ・ターミナル・セッション履歴が揃い、分子・立体構造・ゲノム・プロットがインラインで描画されます。
読者の3つの問いに、OpenScience はこう答えます。
・何ができる? → 文献レビュー・仮説・コード・実験・分析・執筆の研究ループを、1つの連続したセッションで自動的に回せる
・何を解決する? → 単機能ツールに分断された研究作業を、ローカルで完結する1つのワークベンチに統合し、手作業の往復を減らす
・何を代替できる? → 「論文を探して読む」だけの既存SaaS(Elicit/Consensus等)の役割に加え、その先の「コードを書いて実験する」工程まで内製化できる
- ・OpenScienceはアカウント登録が要らない。必要なのは自分で用意したLLMプロバイダのAPIキーだけ。
- ・リクエストは各プロバイダに直接飛び、キーは自分のマシンに保存される。テレメトリの壁もない。
- ・「サーバ側に見えない魔法はない(no server-side magic you can't read)」——コードを全部読める透明性が売り。
2. なぜ「論文検索」で終わらないのか:研究ループ全体を1セッションで
OpenScience の設計思想を一言でいうと、「手順ではなく“結果”を頼む」です。研究の一連の流れ——文献レビュー → 仮説 → 実験設計 → コード → 実行 → データ分析 → 執筆——は、これまで多くの単機能ツールに分断されていました。OpenScience はこのループ全体を1つのセッションに畳み込みます。
下図が、既定の research エージェントが回す研究ループです。5段を超える多段のフローであり、批評ゲートで前の工程へ戻る分岐を含みます。
(自然文で入力)"] --> B["文献レビュー
literature-review"] B --> C["仮説を立てる"] C --> D["コードを書く
/編集する"] D --> E["実験を実行
(実コンピュート)"] E --> F["データ分析"] F --> G{"批評ゲート
問題は?"} G -->|"データリーク等あり"| C G -->|"問題なし"| H["論文・レポート執筆"]
このループの「入り口」と「関所」を担うのが、2つのサブエージェントです。
・literature-review — キーワード検索から、スクリーニング、適格性判定、統合、検証まで、PRISMA式の系統的レビューを丸ごと回す
・critique — 読み取り専用の科学的批評役。データリーク・誤った統計・裏付けのない主張などを、高コストで不可逆な操作の前に検出して止める
つまり、ただ闇雲にコードを実行するのではなく、「文献で裏を取ってから始め、批評で足を止めてから進む」という研究の作法が、エージェントの構造として組み込まれています。
具体的な使い方は「ゴールを書くだけ」です。たとえば公式ドキュメントには、こんなゴール例が載っています。
Reproduce the headline result of arXiv:2305.13245 on a small model
and tell me whether it holds at 125M parameters.
(arXiv:2305.13245 の主要結果を小さいモデルで再現し、125Mパラメータでも成り立つか教えて)
「どのライブラリでどう実装して……」という手順書ではなく、「この結果を再現して、成り立つか教えて」という“成果”を渡す。あとは research エージェントが計画し、文献を読み、コードを書き、実験を走らせ、結論を報告します。ストリーミング中に追加の指示をキューに積んだり、途中まで戻ってやり直す(undo-from-here)こともできます。
3. 4つの研究エージェントと290+スキル・30+科学データベース
OpenScience の中身は、エージェント × スキル × 科学DB の3層でできています。用途に応じてエージェントを切り替え、290以上のスキルと30以上のデータベースを道具として使います。
エージェントの役割を整理すると次の通りです。
| エージェント | 種別 | 役割 |
|---|---|---|
research |
既定 | スキルライブラリ全体を横断。文献・データ分析・GPU計算・統合まで研究ループ全体を回す |
biology |
専門 | 計算生物学。バイオインフォマティクス+30以上の生物系データベース連携 |
physics |
専門 | シミュレーション・PDE求解・力学系・記号回帰 |
ml |
専門 | モデルの学習・評価・分析をエンドツーエンドで(DL・LLM・古典ML・強化学習) |
plan |
モード | 読み取り専用の計画立案。計画ファイル以外の編集ツールは無効 |
critique |
サブ | 読み取り専用の科学的批評。データリーク・統計ミス・過剰主張を検出 |
literature-review |
サブ | PRISMA式の系統的文献レビューを完遂 |
290以上のスキルは、学習(DeepSpeed・PEFT・TRL)、評価、データセット作業、分子・臨床生物学、ケモインフォマティクス、論文とLaTeX、図表、クラウド計算(Modalなど)までをカバーします。スキルは Markdown ベースのパックで、同梱分に加えて自分で追加できます。
- ・UniProt・PDB・Ensembl・ChEMBL・PubChem(生物・化学)。
- ・arXiv・OpenAlex・Semantic Scholar(文献)。
- ・これらを含む約30以上のDBを、エージェントが直接照会できる。人間がブラウザで検索して貼り付ける往復が要らない。
そして忘れてはならないのが「本物の作業場」であることです。ワークスペースにはファイルツリー・エディタ・ターミナル・セッション履歴が揃い、分子・立体構造・ゲノム・プロットがインラインで描画されます。文字の会話だけで完結させず、研究者が実際に見たいものを画面に出すのが、単なるチャットボットとの違いです。
4. アーキテクチャ:ローカル完結のワークスペースと75+プロバイダ
OpenScience の技術的な肝は、すべてが自分のマシンで動くという点です。openscience を実行するとローカルサーバが起動し、ワークスペースUI・エージェント実行系・ツール層をホストします。
構成をデータの流れで見ると、こうなります。
Browser workspace (frontend/workspace, SolidJS)
| HTTP + SSE, localhost only
v
Local server (backend/cli/src/server, Hono)
+-- Agent runtime セッション・メッセージループ・モデルルーティング
+-- Tool layer shell・編集・LSP・MCP・科学DBコネクタ
+-- Skills 同梱+ユーザー導入のスキルパック
+-- Providers Anthropic・OpenAI・Google 他75+
ブラウザのワークスペース(SolidJS)と、ローカルサーバ(Hono)が、localhost 限定の HTTP + SSE でつながります。サーバは 127.0.0.1 のみにバインドし、Host/Origin の許可リストを持ち、リモートモードを持ちません。会話もデータも、基本的に自分のマシンから出ない設計です。
プロバイダ層はモデル非依存で、Vercel AI SDK を通じて Anthropic・OpenAI・Google・Groq・Mistral・xAI・OpenRouter など75以上に接続できます。モデルカタログは models.dev から取得してローカルにキャッシュします。ワークスペース上ではモデルを画面から選べます。
技術スタックを一次ソース(各 package.json)から整理すると次の通りです。
・ランタイム/ビルド:Bun 1.3+ 必須、TypeScript 5.8、プラットフォームごとに単一ネイティブバイナリへコンパイル。モノレポは Turborepo
・バックエンド:Hono 4.x(+ hono-openapi・zod-validator)、Zod 4、yargs、@clack/prompts
・フロントエンド:SolidJS 1.9、Vite 7、Tailwind CSS 4、shiki + marked、ターミナルは ghostty-web + bun-pty
・LLM層:Vercel AI SDK(ai v5系)に多数のプロバイダアダプタ。MCP は @modelcontextprotocol/sdk、Agent Client Protocol も採用
言語のバイト比を GitHub API で実測すると、TypeScript が最も多く、次いで Python、TeX と続きます。コア本体は TypeScript ですが、Python は「学習スキル」の中に、TeX は「論文スキル」の中に入っており、アプリ本体のルートには pyproject.toml も requirements.txt もありません。つまり Python/TeX の量は、同梱スキルの厚みそのものを表しています。
5. インストールと使い方:npx synsci から実験まで
導入は驚くほど簡単です。グローバルインストールか、ワンショットの npx synsci のどちらかで始められます。
まずはインストールと起動です。
# グローバルにインストールして起動
npm install -g @synsci/openscience
openscience
# もしくはインストールせずワンショットで
npx synsci
# スタンドアロンのインストールスクリプト(~/.openscience/bin にバイナリを配置)
curl -fsSL https://openscience.sh/install | bash
次に、使いたいプロバイダの API キーを渡してワークスペースを開きます。キーは端末から保存することもできます。
# 環境変数で渡す(Anthropic / OpenAI / Google など)
export ANTHROPIC_API_KEY=sk-ant-...
openscience
# 特定のプロジェクトフォルダでワークスペースを開く
openscience ~/code/my-project
# 端末から鍵を保存・状態を確認
openscience keys add
openscience models # 設定済みのプロバイダとモデル
openscience skill list # インストール済みスキル
ブラウザを開かずに、ターミナルから一発で走らせることもできます。推論の力の入れ具合を --variant で切り替えられるのも実務的です。
# ターミナルから単発で実行
openscience run "Profile train.py and find the input-pipeline bottleneck"
# 専門エージェントを指定して実行
openscience run --agent physics "Fit the dispersion relation in data/spectra.csv"
# 推論のティアを上げる(minimal / high / max)
openscience run --variant high "..."
自分専用のエージェントを作ることもできます。出力は YAML フロントマター+システムプロンプト本文の Markdown ファイルです。
# 対話的にカスタムエージェントを作成
openscience agent create
# 非対話で作成(許可ツールを絞る)
openscience agent create --path ./my-agent.md \
--description "電気化学インピーダンスの解析専門" \
--mode subagent --tools "bash,read,write,edit,grep,webfetch"
- ・エージェントはあなたのマシン上でシェルを実行し、ファイルを編集できる。まずは使い捨てのプロジェクトフォルダで試すのが安全。
- ・課金は自分のAPIキー経由で発生する。
--variant maxのような高ティアはトークン消費が増える点に注意。
6. Elicit / ResearchRabbit / Consensus / SciSpace との違い
「AI × 研究」の既存ツールと比べると、OpenScience の立ち位置がはっきりします。結論から言うと、既存の主要ツールは“文献まわり”に特化したクラウドSaaSであり、OpenScience は“文献 + 実験”をローカルで回すOSSです。
主要ツールを一次情報ベースで並べると次のようになります。
| ツール | 提供形態 | 主な守備範囲 | コード実行・実験 | 自己ホスト/BYOモデル |
|---|---|---|---|---|
| OpenScience | OSS(Apache-2.0)・ローカル | 文献〜コード〜実験〜執筆の全ループ | ○(実コンピュートで実行) | ○(75+プロバイダ・BYOキー) |
| Elicit | クラウドSaaS(有料) | 論文検索・データ抽出・系統的レビュー支援 | × | × |
| ResearchRabbit | クラウドSaaS(無料) | 文献発見・引用グラフの可視化 | × | × |
| Consensus | クラウドSaaS(有料) | 論文検索・エビデンスQ&A(合意メーター) | × | × |
| SciSpace | クラウドSaaS(有料) | 論文の読解支援・データ抽出・Deep Review | × | × |
各ツールの性格を一言で整理します。
・Elicit — 約1.4億本の論文を検索し、構造化データを表に抽出。系統的レビューのスクリーニング/抽出を自動化する。ただしクラウド専用でコードは書かない
・ResearchRabbit — シード論文から関連文献を広げ、引用グラフを可視化する発見特化ツール。発見の先には踏み込まない
・Consensus — 約2億本を対象にしたエビデンスQ&Aの検索エンジン。「合意メーター」で賛否の傾向を示すが、実験はしない
・SciSpace — 論文をCopilotが解説し、比較表への抽出やDeep Reviewを提供する読解スイート。クラウド専用で実コンピュートの実験はしない
4ツールはいずれも「探す・読む・要約する」を助けます。OpenScience はそれに加えて、「実際にコードを書き、実験を走らせ、30以上のDBを叩き、結果を書き上げる」——つまり“研究そのものを進める”ところを狙っています。守備範囲が重なるのは文献レビューの部分だけで、その先が根本的に違います。
もっとも、既存SaaSの手軽さ(インストール不要・洗練されたUI・大規模な論文インデックス)には明確な価値があります。「文献の初期調査はConsensusやElicitで素早く済ませ、実験フェーズはOpenScienceで回す」といった使い分けも現実的な戦略です。
7. 拡張性とセキュリティ:導入前に知っておくこと
OpenScience は「自分の研究環境に馴染ませる」ための拡張点を数多く持ちます。同時に、導入前に理解しておくべきセキュリティ上の前提もあります。
拡張の要点は次の通りです。
・カスタムエージェント/コマンド — openscience agent create で作成。解決順は「プロジェクト(.openscience/agent/)→ ユーザー全体(~/.config/openscience/agent/)→ 同梱」
・MCPサーバ — Model Context Protocol で外部ツールを接続
・LSP統合 — コード補完・診断を研究コードにも効かせる
・プラグイン — @synsci/plugin は型付きクライアントを持ち、ツール・プロバイダ・フックを追加できる
・TypeScript SDK — サーバのOpenAPI契約から生成された tooling/sdk/js
設定ファイルは、ユーザー全体が ~/.config/openscience/openscience.json、プロジェクト側がリポジトリ直下の openscience.json(または .openscience/ ディレクトリ)です。JSON スキーマは https://openscience.sh/config.json で公開されています。
一方で、最も重要な注意点はセキュリティです。
- ・公式READMEは明言している——「エージェントは分離されていない。パーミッションシステムは分離境界ではない。分離が必要ならコンテナやVMの中で動かせ」。
- ・エージェントはマシン上でシェルを実行しファイルを編集できる。隔離が必要な研究や機密データを扱う場合は、Dockerコンテナや仮想マシンの中で起動する。
- ・逆に、サーバは
127.0.0.1のみにバインドしリモートモードを持たないため、意図せず外部公開される心配は小さい。
最後に、プロジェクトの「若さ」も踏まえておきましょう。リポジトリは 2026年7月3日に公開されたばかりで、本稿時点の最新リリースは v1.3.4(2026年7月11日)です。スター数は約2,300で急速に伸びており、機能もドキュメントも動いています(たとえばスキル数は README が「290+」、ドキュメントサイトが「250+」と表記に差があります)。数値やAPIは本稿執筆時点のスナップショットとして読み、導入時は必ず公式リポジトリの最新版を確認してください。
まとめ:OpenScienceは「研究を進める」ためのAIワークベンチ
OpenScience は、AI研究ツールの主流だった「論文を探して読む」の一歩先——コードを書いて実験まで実行し、結果を書き上げる——を、OSSでローカルに提供する試みです。
- ・OpenScienceは、文献レビュー〜実験〜執筆の研究ループを1画面で回す、ローカル完結のオープンソースAI研究ワークベンチ(Apache-2.0)。
- ・research/biology/physics/mlの4エージェント、290+スキル、30+科学DB、75+プロバイダをBYOキーで束ねる。アカウント不要・データはマシンから出ない設計。
- ・Elicit/Consensus/SciSpaceが「探す・読む・要約する」で止まるのに対し、OpenScienceは「コードを書いて実験まで実行する」。守備範囲がその先まで広いのが差別化。
- ・ただしエージェントは非サンドボックス。隔離が要るならコンテナ/VMで。新しいプロジェクトなので数値は都度確認を。
研究の全工程を、自分の鍵と自分のモデルで、自分のマシン上のエージェントに任せたい——そんな研究者や、AI活用を検討するチームにとって、OpenScience は「文献ツールの次」を考えるうえで一度触れておく価値のあるOSSです。
エージェントの基礎から押さえたい方は AIエージェントとは?仕組み・種類・代表的OSSフレームワークを初心者向けに解説【2026年版】 を、複数エージェントが協調する実例は AIヘッジファンド徹底解説:13体のAIエージェントが投資判断を戦わせるOSS もあわせてどうぞ。
参照ソース
・synthetic-sciences/openscience(公式GitHubリポジトリ) — README・ARCHITECTURE.md・各 package.json
・OpenScience 公式サイト・ドキュメント(openscience.sh) — quickstart・agents・config スキーマ
・Elicit(公式) / Consensus(公式) — 比較対象のクラウド型AI研究ツール