AIモデルが会話の冒頭で受け取る「システムプロンプト」は、長らくブラックボックスだった。だがAnthropicは、claude.aiとモバイルアプリで使う歴代のシステムプロンプトを、公式ドキュメントの release-notes ページで公開し続けている。2024年7月から2026年6月まで、約23か月分の更新履歴が削除されずに並ぶ。
本記事は、その公式ページ(platform.claude.com の System prompts)を読み解く。何が・どの規模で公開され、何が対象外なのか。最新エントリの Claude Fable 5(2026年6月9日)には何が書かれ、歴代の更新からどんな設計思想の変化が読み取れるのか。扱うのはAnthropic公式の記載のみで、推測は「観察」と明記して区別する。ジェイルブレイクや抽出手法は一切扱わない。
このトピックの全体像を先に押さえたい方は、ピラー記事の Claude Fable 5とMythos 5入門|公式ベンチマーク・価格・使い分けを解説 も合わせてご覧いただきたい。
30秒で理解する:Anthropic公式システムプロンプト release-notes
・何が公開されているか:claude.ai/iOSアプリ/Androidアプリのコアシステムプロンプトの更新履歴を、Anthropicが公式ドキュメントとして掲載
・規模:2024年7月のOpus 3/Haiku 3から2026年6月のClaude Fable 5まで、11の更新エントリ・延べ16モデル分。過去分も消さずに残す
・対象外:公式は「Claude APIには適用されない」と明記。API・Claude Codeは開発者が自分でプロンプトを設定する別管理
・読みどころ:他社に少ない透明性の運用と、Opus 3→Fable 5で積み上がった安全・整形・振る舞いの方針変化
公式 release-notes ページとは何か
まず位置づけを正確にする。問題のページはAnthropicの開発者ドキュメント platform.claude.com の release-notes(リリースノート) セクションにある「System prompts」という項目だ。製品の更新情報を時系列で記録するリリースノートの一部として、システムプロンプトの変更履歴が独立したページにまとめられている。
ページ冒頭は、システムプロンプトの目的を簡潔に説明している。claude.aiのWebインターフェースとモバイルアプリは、会話の冒頭でシステムプロンプトを使い、Claudeに最新情報を渡すという趣旨だ。
…provide up-to-date information, such as the current date…
(…現在の日付などの最新情報を提供する…)
観察コメント:この一文が示すのは、システムプロンプトの第一の役割が「鮮度の補完」だという点だ。モデルの学習データには知識のカットオフがある。会話のたびに現在の日付や運用上の前提を注入することで、静的なモデルを「いまの文脈」に接続している。続けてページは、これらのプロンプトが応答を改善するために更新されると述べる。
…periodically updated to improve Claude's responses…
(…Claudeの応答を改善するため定期的に更新される…)
観察コメント:「定期的に更新される」という表現が、このページがスナップショットではなく運用中の履歴であることを裏づける。実際、モデルが世代交代するたびに新しいエントリが追記され、古いエントリも残されている。リリースノートという器を選んだこと自体が、「継続的に・透明に記録する」という姿勢の表れと読める。
収録モデル一覧:Opus 3からFable 5まで16モデル分
このページの最大の見どころは、収録モデルの連続性だ。2024年7月の初出から最新のFable 5まで、主要モデルのシステムプロンプトが世代順に並ぶ。下表は公式ページに掲載されている更新エントリを、リリース日とともに新しい順で整理したものだ(日付はページ上のエントリ表記に基づく)。
| # | モデル(エントリ) | 日付 | 位置づけ・観察 |
|---|---|---|---|
| 1 | Claude Fable 5 | 2026-06-09 | 最新エントリ。Mythos級の一般公開モデル |
| 2 | Claude Opus 4.8 | 2026-05-28 | 直前のフラッグシップOpus世代 |
| 3 | Claude Opus 4.7 | 2026-04-16 | Opus 4系のマイナー更新 |
| 4 | Claude Sonnet 4.6 | 2026-02-17 | 中位Sonnet世代の更新 |
| 5 | Claude Opus 4.6 | 2026-02-05 | user_wellbeing等の方針記述を含む |
| 6 | Claude Opus 4.5/Sonnet 4.5/Haiku 4.5 | 2026-01-18 | 4.5世代を一括掲載 |
| 7 | Claude Opus 4.1/Opus 4/Sonnet 4 | 2025-08-05 | Claude 4ファミリーの初出 |
| 8 | Claude Sonnet 3.7 | 2025-02-24 | 拡張思考を導入した世代 |
| 9 | Claude Sonnet 3.5 | 2024-11-22 | 3.5系の主力 |
| 10 | Claude Haiku 3.5 | 2024-10-22 | 軽量モデルの更新 |
| 11 | Claude Opus 3/Haiku 3 | 2024-07-12 | ページ最古の初出エントリ |
エントリ数は11、名前付きモデルは延べ16。2024年7月12日から2026年6月9日まで、約23か月にわたって途切れなく記録が続いている点が重要だ。世代が変わるたびにシステムプロンプトを書き換えながら、過去版を消さずに残す——この一覧そのものが、Anthropicの透明性運用の物的証拠になっている。
下図は、この系譜を時系列で俯瞰したものだ。
2024-07-12] --> B[Sonnet 3.5系
2024-2025] B --> C[Claude 4 ファミリー
2025-08-05] C --> D[4.5 / 4.6 / 4.7 / 4.8 世代
2026-01〜05] D --> E[Claude Fable 5
2026-06-09]
観察コメント:図にすると、更新の間隔が近年ほど短くなっているのが分かる。2024年は数か月おきだったエントリが、2026年に入ると月単位で追加されている。モデルの世代交代が加速していることと、システムプロンプトの調整が頻繁になっていることの両方が読み取れる。
なぜAnthropicはシステムプロンプトを公式公開するのか
素朴な疑問はここだ。多くのAI企業がシステムプロンプトを「企業秘密」として伏せるなか、なぜAnthropicは公開するのか。
公式ページの記述から読めるのは、これが透明性ポリシーの一部だという点だ。システムプロンプトはモデルに最新情報を渡し、特定の振る舞いを促すために存在する。その内容を開示することで、ユーザーは「なぜClaudeがこう応答するのか」を理解しやすくなる。挙動の根拠を外から検証可能にする、という発想だ。
業界全体と比べると、この姿勢の特異さが浮かぶ。下表は、消費者向けAIアプリのシステムプロンプト公開状況を、公開情報の範囲で整理したものだ。
| 項目 | Anthropic(Claude) | 一般的な他社運用 |
|---|---|---|
| コアシステムプロンプト | 公式ドキュメントで歴代分を継続公開 | 非公開が一般的 |
| モデルカード | 公開 | 多くは公開 |
| 利用規約・安全方針 | 公開 | 多くは公開 |
| 過去バージョンの保持 | 削除せず残す | 都度上書き・非公開が多い |
観察コメント:モデルカードや利用規約の公開は業界で一般的だが、消費者向けアプリのシステムプロンプト全文を、歴代分まとめて公式掲載し続ける運用は珍しい。他社製品のシステムプロンプトは、有志のリバースエンジニアリングや抽出によって断片的に出回ることはあっても、ベンダー自身が一次ソースとして公開・維持している例は多くない。「推測で出回る他社プロンプト」と「ベンダーが公式に出すAnthropicのプロンプト」は、情報の信頼性において質が異なる。
この公開には実務的な利点もある。プロンプトインジェクションや誤動作を調べる研究者・開発者が、推測ではなく公式の記述を起点に検証できる。挙動の議論が事実ベースになりやすい。
Claude Fable 5(2026年6月9日)のエントリ
最新エントリを見る。2026年6月9日に追加された Claude Fable 5 は、Anthropicの新しいClaude 5ファミリーの最初のモデルで、Opusの上に位置する「Mythos級」の一般公開版だ。公式ページはFable 5を次のように位置づけている。
…the most intelligent generally available model…
(…一般提供されるなかで最も知的なモデル…)
観察コメント:「generally available(一般提供される)」という限定が効いている。これは、同じ基盤を持ちながら一部の安全策を解除した限定提供版 Mythos 5 が別に存在することを前提にした表現だ。一般ユーザーが触れられる最上位はFable 5、という線引きが言葉のうえでも明確にされている。さらにページは、dual-use(二重用途)能力への配慮に触れる。
…additional safety measures for dual-use capabilities…
(…二重用途能力に対する追加の安全策…)
観察コメント:dual-useとは、防御にも攻撃にも使える能力——典型的にはサイバーセキュリティや生物・化学領域——を指す。Fable 5のエントリで真っ先にこの点が言及されるのは、能力の高さと安全策がセットで設計されていることの表れだ。Fable 5とMythos 5の違い、そしてアクセス制限の経緯については、Claude Fable 5・Mythos 5が使えないのはなぜ?|モデルの違いとアクセス制限をやさしく解説 で詳しく扱っている。
Claude Opus 4.8(2026年5月28日)からの変化
ひとつ前のエントリ、Claude Opus 4.8(2026年5月28日)と並べると、世代交代の輪郭が見える。Opus 4.8はFable 5の直前まで一般提供の最上位だったフラッグシップで、わずか12日後にFable 5のエントリが追加された格好だ。
公式の製品情報を踏まえると、Fable 5はOpus 4.8に対して「Mythos級」という新しい能力帯を導入した点が最大の差分にあたる。システムプロンプトのレベルでは、dual-use能力への追加安全策がFable 5側でより前面に出ている、と観察できる。
観察:Opus 4.8 → Fable 5 で読み取れる方向性
・能力帯の拡張:Opus系の延長ではなく、Opusの上の「Mythos級」を一般提供に開いた
・安全策の明示:dual-useへの追加安全策がエントリ冒頭で言及される
・更新間隔の短縮:12日差での世代追加は、調整サイクルが加速していることの一例
・API非対象は不変:いずれのエントリも対象はclaude.ai/アプリで、APIには適用されない
観察コメント:ここで強調したいのは、システムプロンプトの差分が必ずしも「モデルの賢さ」を直接表すわけではない、という点だ。システムプロンプトは振る舞いの調整層であり、能力そのものは学習で決まる。release-notesから読めるのは、あくまで運用方針の変化だ。
歴代プロンプトに見る設計思想の進化
11エントリを通読すると、システムプロンプトの記述量と論点が、世代を追うごとに増えている傾向が見える。これは公式ページを上から下へ眺めるだけでも体感できる変化だ。
初期(2024年のOpus 3/Haiku 3)のエントリは比較的シンプルで、日付の注入や基本的な振る舞いの記述が中心だった。世代が進むにつれ、整形(過剰な箇条書きや見出しを避ける)、ユーザーの心理的な健全さへの配慮、著作権への厳密な制約、外部接続(コネクタ)の扱いといった論点が積み重なっていく。
設計思想の積層(観察):システムプロンプトは「禁止リスト」ではなく、モデルの確率的な揺れを実用的な範囲に収めるための運用知の蓄積として育っている。新しい失敗パターンが見つかるたびに、それを抑える指示が追記されてきた歴史が、エントリの長文化に表れている。
観察コメント:この「積層」は、AIプロダクト運用の生きた教科書でもある。どんな振る舞いが問題になり、それをどう言語化して抑えたか——その試行錯誤が、世代ごとのプロンプトに刻まれている。システムプロンプトを書く立場の開発者にとって、歴代の差分は格好の参照材料だ。なお、公開されたプロンプトを安全設計の観点から構造分析した記事は Claude Fable 5のシステムプロンプトがGitHubに流出、Anthropic12本分が公開|安全設計を読む にまとめている。本記事(Anthropic公式の release-notes 視点)と、流出アーカイブを学術観察した記事の両方を読むと、立体的に理解できる。
何が公開され、何が公開されていないか
混同しやすい点を切り分ける。このページが公開しているのは、あくまでclaude.aiのWeb版とモバイルアプリのコアシステムプロンプトだ。公式は対象外を明記している。
…do not apply to the Claude API…
(…Claude APIには適用されない…)
観察コメント:APIやClaude Codeでは、システムプロンプトを設定するのは開発者自身だ。そのため、消費者向けアプリのプロンプトと開発者向け製品のプロンプトは別管理になっている。「Claudeのシステムプロンプト」と一括りにせず、どの面(サーフェス)の話かを区別することが、誤読を避ける鍵だ。下図は公開範囲を整理したものだ。
開発者が設定] CC[Claude Code
開発者が設定] SAFE[安全分類器・学習段階の安全策] end 公開対象 -. release-notesで公開 .-> DOC[公式ドキュメント] 別管理 -. 対象外 .-> DOC
さらに、公開されているのは安全策の一部にすぎない。Anthropicの安全設計は、学習段階(Constitutional AI)・システムプロンプト・APIの安全分類器など複数のレイヤーに分散している。release-notesに載るのはそのうち「システムプロンプト」という一層だ。
観察コメント:だからこそ、システムプロンプトの公開が「安全策の全容が漏れた」ことを意味しない。重要な防御を一箇所に集中させない設計ゆえに、行動規約の公開は運用を破綻させない。むしろ、検証可能性という公益のほうが大きい、というのがこの運用の前提だと読める。
関連:Claude Fable 5 / Mythos 5 の出自
最新エントリのFable 5を正しく読むには、その出自を押さえておくとよい。Fable 5は単発のモデルではなく、限定提供版 Mythos 5 とペアで発表された「Mythos級」モデルだ。両者は同じ基盤で、違いは安全策の有無にある。
この背景と公式ベンチマーク・価格・使い分けは、ピラー記事の Claude Fable 5とMythos 5入門 に集約している。また、公開からわずか3日で両モデルがアクセス停止になった経緯は Claude Fable 5・Mythos 5が使えないのはなぜ? が詳しい。
観察コメント:release-notesのFable 5エントリ、製品発表、アクセス制限——これらは別レイヤーの情報だ。システムプロンプト(推論時の指示)、能力と価格(製品仕様)、提供範囲(アクセス制御)を分けて読むと、Fable 5をめぐる一連の動きを取り違えずに追える。
関連:システムプロンプト分析という文脈
公式ページの公開と並行して、有志による公開アーカイブ(CL4R1T4S等)も存在する。前者はベンダーが一次ソースとして出すもの、後者は第三者が収集・整理するものだ。情報の出所と信頼性が異なるため、扱い方も変わる。
公開された資料を安全設計の観点から構造分析した記事は Claude Fable 5のシステムプロンプトがGitHubに流出、Anthropic12本分が公開|安全設計を読む にある。本記事が「Anthropic公式の release-notes ページ」を読むのに対し、そちらは「第三者アーカイブを学術観察する」角度だ。両者は対象も視点も異なる。
観察コメント:どちらの記事も、共通して立つのは「短い引用と観察にとどめ、抽出やジェイルブレイクは扱わない」という線だ。公式が出している資料であっても、全文転載はせず著作物として尊重する——この姿勢を保つことで、健全な解説と無責任な拡散を分けられる。
まとめ:透明性運用としての release-notes
Anthropicの公式システムプロンプト release-notes ページを、位置づけ・規模・公開理由・最新エントリ・設計思想の順に読んだ。要点を再掲する。
・何が公開されているか:claude.ai/iOS/Androidのコアシステムプロンプトの更新履歴を、Anthropicが公式ドキュメントとして掲載
・規模:2024年7月のOpus 3/Haiku 3から2026年6月のClaude Fable 5まで、11エントリ・延べ16モデル分。約23か月分を削除せず保持
・最新エントリ:Fable 5は「一般提供されるなかで最も知的なモデル」と位置づけられ、dual-use能力への追加安全策に言及
・対象外:公式は「Claude APIには適用されない」と明記。API・Claude Codeは別管理、安全策もシステムプロンプトは一層にすぎない
・業界比較:消費者向けアプリのシステムプロンプトを歴代分まで公式公開・維持する運用は、他社に少ない透明性(観察)
通底するのは「挙動の根拠を、外から検証できる形で残す」という設計思想だ。システムプロンプトを伏せず、過去版も消さずに積み上げる——その一覧そのものが、Anthropicの透明性ポリシーの可視化された姿になっている。release-notesを一次ソースとして読めば、断片的な噂や推測に頼らずにClaudeの振る舞いを理解できる。これが、このページを「読む」最大の価値だ。
参照ソース
・Anthropic公式「System prompts」release-notes ページ
・Anthropic「Claude Fable 5 / Mythos 5」公式発表
・Anthropic「Claude’s Constitution」(Constitutional AI 公式解説)
・Anthropic Usage Policy(公式)