「Deep Research(深層調査)を自前のスタックで回したいが、結局はクローズドなAPIに丸投げしている」——2026年、生成AIの現場でよく聞く悩みだ。OpenAIやGeminiの”Deep Research”は強力だが、料金・データの外部送信・カスタマイズ性で制約がある。そこに真っ向から挑むのが、アリババのTongyi Labが公開したTongyi DeepResearch(リポジトリ名 Alibaba-NLP/DeepResearch)だ。

本記事は、公式README・技術ブログ・論文(arXiv:2510.24701)をもとに、Tongyi DeepResearchが①結局何ができるのか/②何を解決するのか/③何を代替できるのかを、ベンチマークの数字も含めて正直に整理する。「多くのベンチでSOTA級」は本当だが、「すべてでNo.1」ではない——その温度感まで含めて解説する。

Tongyi DeepResearch とは何か:オープンソースのDeep Researchエージェント

Tongyi DeepResearchは、アリババのTongyi Lab(通義実験室)が2025年9月に公開した、エージェント型(agentic)に特化した大規模言語モデルだ。総パラメータは約30.5B(305億)だが、後述するMixture-of-Experts構成により、1トークンあたりに実際に稼働するのは約3.3B(33億)だけ。設計思想はシンプルで、「長時間・多段(long-horizon)の深い情報探索を、エージェントとして自律的にこなす」ことに全振りしている。

普通のチャットモデルが「一問一答」を得意とするのに対し、Deep Researchエージェントが解くのは次のようなタスクだ。

・曖昧な問いを分解し、何を調べるべきかを自分で計画する
・Web検索・ブラウズ・ページ読解を何十ステップも繰り返す
・矛盾する情報源を突き合わせ、根拠付きで結論をまとめる
・途中の観測結果に応じて、調査の方針を動的に変える

この「調べて・読んで・考えて・また調べる」を長く安定して回せるかどうかが、Deep Researchエージェントの実力を分ける。Tongyi DeepResearchは、この能力を測る主要ベンチマーク——Humanity’s Last Exam、BrowseComp、BrowseComp-ZH、WebWalkerQA、xbench-DeepSearch、FRAMES、SimpleQA、GAIA——で軒並み高いスコアを記録し、「オープンな重みで自ホストできるDeep Researchエージェント」としては現時点で最有力の一つという位置づけを得ている。

Tongyi WebAgentの系譜:WebWalker・WebDancer・WebSailor・WebResearcher・AgentFounderなど歴代のエージェント研究の集大成としてTongyi DeepResearchがある
Tongyi DeepResearchは突然生まれたわけではない。WebWalker/WebSailor/WebResearcher…と続いた「WebAgent」研究群(公式図)の集大成として登場した。

重要なのは、これが単発のモデル公開ではなく、一連の研究の到達点だという点だ。公式リポジトリには、WebWalker・WebDancer・WebSailor・WebResearcher・AgentFounder・WebWatcherといった過去のWebAgentプロジェクトが並ぶ。Tongyi DeepResearchは、それらで培った「エージェント用データ合成」「継続事前学習」「強化学習」のノウハウを一つのモデルに束ねたものだ。だからこそ、30B級という比較的手頃なサイズでありながら、深い探索タスクで大型の商用システムに食い込む数字を出せている。

読者が最初に押さえるべき結論はこうだ。Tongyi DeepResearchは「自分のインフラで動かせる、調査特化のAIエージェント」であり、クローズドなDeep Researchサービスの、現実的なオープンソース代替候補である。

アーキテクチャの肝:MoEと2つの推論モード(ReAct / IterResearch “Heavy”)

Tongyi DeepResearchを理解する鍵は、「モデルの構造(MoE)」「推論の回し方(2モード)」の2つに分かれる。

まず構造。採用しているのはMixture-of-Experts(MoE)だ。モデル内部に多数のエキスパート(専門家サブネットワーク)を持ち、合計すると約30.5Bのパラメータになる。しかし入力を処理するたびに、ルーターがその一部だけを選んで動かすため、1トークンあたりの実効計算量は約3.3B相当にとどまる。「知識容量は30B級、推論コストは3B級に近い」という、容量と速度のバランスを取った設計だ。

この設計の意味を誤解しないことが大切だ。

利点:密(dense)な30Bモデルより1トークンあたりの計算が軽く、スループットを稼ぎやすい
注意:重みは30B分をロードするため、GPUメモリは「3B級」ではなく「30B級」を見込む必要がある(=MoEは”速さ”を稼ぐ設計で、”省メモリ”の魔法ではない)

次に推論の回し方。Tongyi DeepResearchは2つの推論パラダイムに対応する。

flowchart TB Q["調査クエリ
(長時間・多段の問い)"] --> A["Tongyi DeepResearch
総30.5B / 稼働3.3B の MoE"] A --> M1["ReAct モード
素の内在能力を測る"] A --> M2["IterResearch Heavy モード
test-time scaling で上限を引き上げる"] M1 --> T["ツール実行
検索 / ブラウズ / 読解"] M2 --> T T --> O["根拠付きの最終回答"] T -.観測を戻して次の一手を決める.-> A

ReActモードは、Thought(思考)→ Action(検索・ブラウズの実行)→ Observation(結果の観測)を繰り返す、エージェントの王道ループだ。公式はこれを「モデルのコアな内在能力を厳密に評価するため」の基準として使う。余計な仕掛けを足さず、モデルそのものの地力を測るモードだと考えればよい。

IterResearchベースの”Heavy”モードは、テスト時スケーリング(test-time scaling)を使い、推論時に計算資源を多めに投入して精度の上限を引き上げるモードだ。難しい問いに対して、より深く・広く探索させることで最高性能を狙う。当然、その分だけ推論コスト(時間・トークン)は増える。

学習面では、公式が挙げる4つの柱がこのモデルの土台になっている。

完全自動の合成データ生成パイプライン:エージェント学習用のデータを、スケーラブルに自動生成する
大規模なエージェント継続事前学習:多様で高品質なエージェント相互作用データで、モデルの能力と鮮度を伸ばす
エンドツーエンドの強化学習:GRPO(Group Relative Policy Optimization)をカスタマイズした厳密なon-policy RLで、トークン単位のポリシー勾配・leave-one-out優位性推定・ネガティブサンプルの選択的除去により、非定常環境での学習を安定化する
2つの推論パラダイムへの適合:評価用のReActと、最大性能用のHeavyを両立する

要するに、「調査エージェントとして振る舞うためのデータと学習法を、モデルの中まで作り込んでいる」のがTongyi DeepResearchの本質だ。単に大きなLLMにツールを付けたのではなく、エージェントとして動くことを前提に鍛えられている。

使い方:ローカル実行・HuggingFace/ModelScope・OpenRouter

「結局どう動かすのか」に答える。入口は3つ——オンラインデモ/ローカル実行/OpenRouter経由だ。実際の推論は、下図のReActループとして進む。

flowchart LR S["Thought
次に何を調べるか考える"] --> Ac["Action
検索 / ブラウズを発行"] Ac --> Ob["Observation
取得結果を読む"] Ob --> Fin{"根拠は十分か?"} Fin -- いいえ --> S Fin -- はい --> Ans["根拠付きの最終回答を生成"]

1. まず試す:オンラインデモ

いきなり環境構築せずに感触を掴みたいなら、公式が用意するModelScopeのオンラインデモHugging Faceのオンラインデモ、またはアリババのbailianサービスを使うのが最速だ。ただし公式も注記しているとおり、デモはモデルのレイテンシやツールのQPS制限で応答が遅い・失敗することがある。安定した体験や本番用途には、ローカルデプロイか専用サービスが推奨されている。

2. ローカル実行:環境構築とインストール

ローカルで動かす場合、まずPython 3.10の隔離環境を作るのが公式推奨だ(他バージョンだと依存関係の問題が起きやすい)。

# conda で隔離環境を作る(3.10.0 を強く推奨)
conda create -n react_infer_env python=3.10.0
conda activate react_infer_env

# 依存をインストール
pip install -r requirements.txt

モデル重みは、Hugging FaceまたはModelScopeから取得する。コンテキスト長は128K、モデルサイズは30B-A3B(総30.5B/稼働3.3B)だ。

# Hugging Face から重みを取得(例)
huggingface-cli download Alibaba-NLP/Tongyi-DeepResearch-30B-A3B \
  --local-dir ./Tongyi-DeepResearch-30B-A3B

環境変数と評価データを設定したうえで、inference/配下のスクリプトを実行すると、ReActエージェントとして推論が走る。

# inference フォルダの推論スクリプトを実行(構成は公式READMEに従う)
cd inference
python run_react_infer.py   # スクリプト名・引数はリポジトリの手順に合わせる

3. 重みをホストしたくない:OpenRouter経由で叩く

「自前でGPUを用意して重みをロードするのは重い」という場合、OpenRouter経由でAPIとして呼べる。公式のQuick-startに沿って、inference/react_agent.pyのAPIキー・URL・モデル名を設定するだけだ。

# inference/react_agent.py を編集(イメージ)
API_KEY = "sk-or-..."                       # OpenRouter の API キー
BASE_URL = "https://openrouter.ai/api/v1"   # OpenRouter のエンドポイント
MODEL_NAME = "alibaba/tongyi-deepresearch-30b-a3b"  # OpenRouter 上のモデル名

この方法なら、GPUを持たなくてもTongyi DeepResearchの挙動を試せる。まずOpenRouterで精度感を確かめ、要件に合いそうなら自ホストに移行する、という段取りが現実的だ。「小さく試してから本格導入」が、コスト暴走を避ける鉄則になる。

ベンチマークを正直に読む:どこで勝ち、どこで負けるか

ここが本記事の肝だ。多くの日本語記事は「あらゆるベンチでSOTA」と書くが、公式の数字をそのまま表で読むと、もう少し正確な姿が見える

Tongyi DeepResearchの主要Deep Searchベンチマーク結果の一覧表(公式)。LLM-based ReAct Agent・DeepResearch Agent・Tongyi DeepResearch Agentの3群で比較
公式のベンチマーク一覧表。モデルを「LLMをReActで動かした群」「Deep Researchエージェント群」「Tongyi DeepResearch」の3群に分けて比較している。

主要ベンチの数字を、比較しやすい形にまとめ直すと次のようになる(数値は公式ブログ・リポジトリ掲載値)。

ベンチマーク Tongyi DeepResearch (30B-A3B) OpenAI DeepResearch OpenAI o3 (ReAct) DeepSeek V3.1 (ReAct) GLM 4.5 Claude-4-Sonnet
Humanity’s Last Exam 32.9 26.6 24.9 29.8 21.2 20.3
BrowseComp (英) 43.4 51.5 49.7 30.0 26.4 12.2
BrowseComp-ZH (中) 46.7 42.9 58.1 49.2 37.5 29.1
GAIA 70.9 67.4 63.1 66.0 68.3
xbench-DeepSearch 75.0 67.0 71.0 70.0 65.0
WebWalkerQA 72.2 71.7 61.2 65.6 61.7
FRAMES 90.6 84.0 83.7 78.9 80.7

太字が各行のトップ級だ。ここから読み取れる「正直な姿」はこうだ。

明確に強い領域:Humanity’s Last Exam、GAIA、xbench-DeepSearch、WebWalkerQA、FRAMES、そして表には入れていないSimpleQA(98.6)——ここではTongyiが比較対象の先頭に立つ。特にFRAMESの90.6やSimpleQAの98.6は頭一つ抜けている
トップに一歩届かない領域:英語のBrowseCompは、OpenAI DeepResearch(51.5)とo3(49.7)が上。中国語のBrowseComp-ZHに至っては、o3(58.1)とDeepSeek V3.1(49.2)がTongyi(46.7)を上回る
つまり:ブラウズ探索(BrowseComp系)の最難関では、最上位の商用モデルにまだ差がある。一方、それ以外の広い範囲では商用Deep Researchに肩を並べる

Tongyi DeepResearchの8ベンチマーク別スコア棒グラフ(公式)。多くのベンチで先頭に立つが、比較対象は図によって絞られている
公式の棒グラフ。多くのベンチで先頭(紫バー)に立つ。ただし図によって比較対象が絞られており、たとえばBrowseComp-ZHの棒グラフにはo3やDeepSeek V3.1が含まれていない——だから表で確認するのが大事だ。

ここで強調したいのは、公式の棒グラフと一覧表で、印象が変わるという点だ。棒グラフは各パネルで比較対象を絞っており(例:BrowseComp-ZHのパネルにはo3が入っていない)、それだけを見ると「全ベンチ全勝」に見える。だが一覧表まで下りると、勝ち負けの内訳が見えてくる。これは誇張ではなく、公式が出している数字を丁寧に読むだけの話だ。 そして、それでもなお「開いた重みの30B級が、これだけの範囲で商用最上位に食い込む」こと自体が十分に驚異的だ、というのが妥当な評価になる。

何を解決し、何を代替できるのか:OpenAI/Gemini Deep Researchとの立ち位置

読者の関心は最終的に「で、これは何を代替できるのか」に集約される。Tongyi DeepResearchの立ち位置を、代替候補との対比で整理する。

Tongyi WebAgent研究のロードマップ(公式)。データ合成・継続事前学習・強化学習の積み重ねがDeep Researchエージェントに結実している
WebAgent研究のロードマップ(公式)。エージェント用データ合成・継続事前学習・強化学習の積み重ねが、Deep Researchエージェントに結実している。

代替の観点を、SaaS型(OpenAI/Gemini Deep Research)とオープンウェイト型(Tongyi)で比べると、こうなる。

観点 OpenAI / Gemini Deep Research(SaaS) Tongyi DeepResearch(オープンウェイト)
提供形態 クローズドAPI/製品 重み公開・自ホスト可(HF/ModelScope)
データの外部送信 送信前提 自ホストなら自社内で完結できる
カスタマイズ 限定的 ファインチューニング・組込みが自由
ブラウズ最難関の精度 最上位(BrowseComp系で先行) 多くで肩を並べるが一部は一歩届かない
運用コスト 従量課金 GPU/推論の自己負担(Heavyは重い)
ライセンス 各社規約 Apache-2.0(重みはモデルカードを要確認)

この対比から、Tongyi DeepResearchが特にハマるのは次のような要件だ。

データを外に出せない調査:社内文書・機密情報を対象にした深掘り調査を、自社インフラ内で完結させたい
Deep Researchを製品に組み込みたい:自社サービスの一機能として、調査エージェントを埋め込み、挙動をコントロールしたい
エージェント研究の土台:RL・合成データ・test-time scalingを含む、エージェント学習の実装を学び、拡張したい
コスト構造を自分で握りたい:従量課金ではなく、自前のGPU/推論スタックで単価をコントロールしたい

逆に、ブラウズ探索の最難関タスクで、とにかく最高精度が欲しい(かつデータ外部送信やコストを許容できる)なら、現時点では最上位の商用Deep Researchに分がある場面もある。「自ホスト・カスタマイズ・データ主権」を重視するならTongyi、「最難関タスクの絶対精度」を最優先するなら商用——これが2026年時点での妥当な棲み分けだ。

なお、Tongyi DeepResearchはWebAgent研究の集大成であり、エコシステムとして継続的に発展している点も見逃せない。単体モデルとしてだけでなく、「オープンなDeep Researchエージェントをどう作るか」の実装リファレンスとしても価値が高い。

導入前の注意点:GPU要件・Heavyモードのコスト・ライセンス

最後に、実際に採用する前に押さえておくべき注意点を、正直にまとめる。

Tongyi DeepResearchが向く使い方(深いWeb調査の自前運用・ローカル検証・エージェント研究・OpenRouterでの試用)と、注意点(GPUメモリ・ベンチと実タスクの差・Heavyのコスト・ライセンス確認)の対比
向く使い方と、導入前の注意点。ベンチが強いことと、あなたの実タスクで最適なことは別問題だ。

GPUメモリは「30B級」を見込む。 MoEで稼働が3.3Bだからといって、メモリが3B級で済むわけではない。重みは30B分をロードするため、相応のVRAMが要る。実務では量子化(4bit/8bit)前提で見積もるのが安全だ。「軽い」のは1トークンあたりの計算量であって、ロードするパラメータ量ではない——ここを取り違えると環境構築で詰まる。

“Heavy”モードは精度と引き換えにコストが増える。 IterResearchベースのHeavyは、test-time scalingで深く探索する分、推論時間とトークン消費が膨らむ。全クエリをHeavyで回すと運用コストが跳ねるので、「まずReActで解けるか試し、難問だけHeavyに上げる」という段階的な使い分けが現実的だ。

ベンチマークの強さと、あなたのタスクでの最適さは別問題。 GAIAやFRAMESで高スコアでも、あなたの実際のクエリ(特定ドメインの調査、社内ナレッジの探索など)で最良とは限らない。必ず自分の代表クエリで小さくパイロットし、精度・レイテンシ・コストを実測してから本格導入すること。これはTongyiに限らず、あらゆるDeep Researchエージェント採用の鉄則だ。

ライセンスはコードとモデル重みを分けて確認する。 リポジトリはApache-2.0だが、商用利用・再配布の可否は、Hugging Face/ModelScopeのモデルカードに記載された重みの利用条件に従う。オープンウェイトのモデルは、コードのライセンスと重みの規約が別に定められていることがあるため、業務導入前にモデルカード側を必ず読む。

まとめ:Tongyi DeepResearchは、総30.5B・稼働3.3BのMoEで動く、自ホスト可能なオープンソースのDeep Researchエージェントだ。多くのベンチでSOTA級(ただし全勝ではない)で、ReActとHeavyの2モードを持ち、HuggingFace/ModelScope/OpenRouterから使える。「データ主権・カスタマイズ・コスト制御」を重視する現場にとって、クローズドなDeep Researchの、現実的で強力なオープンソース代替である。

参照ソース

Alibaba-NLP/DeepResearch(公式リポジトリ)
Introducing Tongyi DeepResearch(公式技術ブログ)
Tongyi-DeepResearch-30B-A3B(Hugging Face モデルカード)
Tongyi DeepResearch 論文(arXiv:2510.24701)